本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サマセット・モーム「月と六ペンス」

「この世でもっとも貴重なものである美がだね、まるで浜辺の石ころみたいに、通りすがりのボヤッとした人間がいいかげんな態度で拾えるような、そんなものであっていいと考えているのかい?
  美はね、素晴らしいもの、不可思議なものなんだ。芸術家が彼の魂の苦悶を通じて、混沌とした世界の中からつかみだしてこなければならない。そして、それが創りだされても、すべての人に理解できるわけではないんだ。
  それを認識するためには、芸術家の冒険をみずから繰り返す必要がある。作品は、芸術家が君に歌ってくれるメロディーだ。それをふたたび君自身の心に響かせるためには、それなりの知識と感受性、そして想像力がいるんだよ」

 

大岡玲 訳