本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

サマセット・モーム「人間の絆」

「いいか、人生には、二ついいものがある。思想の自由と行動の自由だ。」 中野好夫 訳

サマセット・モーム「人間の絆」

人生の旅人が、現実をただ現実として、そのまま受け容れるようになるまでには、いかに広い不毛の国、嶮しい国を、越えなければならないか、それは、まだ彼には、わかっていなかった。青春を幸福だなどとは、一つの迷妄、それもすでに青春を失ってしまった人…

サマセット・モーム「人間の絆」

「人生ってものはね、生きるためにあるのだ。なにもそれについて書くためにあるんじゃない。僕の目的は、人生が提供してくれる、いろいろさまざまの経験を探しもとめ、生の一瞬一瞬から、それが与えてくれる情緒を、もぎとることなのだ。創作などというもの…

サマセット・モーム「人間の絆」

「一方には、社会があり、他方には、個人がある。しかもどちらもが、それぞれ自己存続をもとめて闘っている有機体なのだ。力対力。そして僕は、ただ一人立って、社会というものを受け容れなければならない。もっとも、いやだというわけではない。つまり、社…

サマセット・モーム「人間の絆」

「画家ってものはね、その眼で見る物から、一種独特の感動を受ける。すると、それを、なんとかして表現しなければいられないのだ。しかも彼は、なぜだかはわからんが、ただ線と色とによってしか、その感情を表現することができないのだ。音楽家も、同じだ。…

サマセット・モーム「人間の絆」

「君も聞くだろう、世間の奴等は、貧こそは、芸術家に対する最上の刺激だなどというのをね。そんな奴らは、まだ貧の刀剣を、本当に、肉体に感じたことのない奴等なんだ。貧が、いかに人間を、さもしくするものであるかを、知らないのだ。貧は、とめどなく、…

サマセット・モーム「人間の絆」

「もう手おくれになってしまってから、自分の凡庸さに気がつくなどというのは、君、残酷なもんだよ。それじゃ、少しも気持は救われやしない。」中野好夫 訳

サマセット・モーム「人間の絆」

社会の利益になるような行為を、社会は、美徳と呼び、そうでない行為を悪徳と呼ぶ。善といい、悪というが、畢竟、それ以上の何物でもないのだ。罪などという観念は、いやしくも自由な人間なら、それから解放されなければならない先入見なのだ。個人との闘い…

サマセット・モーム「人間の絆」

彼を焼きつくす感情に、必ずしもフィリップは、喜んで溺れているのではなかった。人間万事、それはすべて、たまゆらのものであり、したがって、いつかは消えてなくなるものだとは、知っていた。その日を、彼は、どんなに首を長くして、待ち望んでいたことだ…

サマセット・モーム「人間の絆」

今までは、ただ物の本で読んだだけだったが、今にしてはじめて、芸術というものは(というのは、自然を見る彼の眼には、いつも芸術があったからだ)、人の魂を、苦痛から解放してくれるものだということを、しみじみと知った。 中野好夫 訳

サマセット・モーム「人間の絆」

「それからまた、美しいものというものは、それが次ぎ次ぎの時代の人間の胸に起す感情によって、だんだん豊かさを増すものなのだ。だからこそ、古いものが、新しいものよりも、美しいんだ。たとえば、あの「ギリシャ古瓶賦」(キーツの詩)は、書かれた時より…

サマセット・モーム「人間の絆」

「だって、同じものを、そう何度も何度も読んで、なにになる?そういうのは、結局ただひどく手の込んだ怠惰というもんだぜ。」「だが、それじゃ、君は、この深遠無比な思想家を、一読、ただちに理解できるだけの、すばらしい頭脳をもっているとでもいうんだ…

サマセット・モーム「人間の絆」

フィリップは迷った、そして自問した、もしこの道徳律が役に立たぬとすれば、いったいどんな道徳律が人生にはあるのだ、そしてまた、なぜ人は特に行動を選んでするのだろうかと。要するに、みんなそれぞれの感情にしたがって、行動しているにすぎないのだ。…

サマセット・モーム「人間の絆」

彼は、ヘイウォードのこと、そしてまた二人が、はじめて相会った時の、彼に対する熱烈な賛嘆を思い出した。次ぎには、それが幻滅に変り、無関心に変り、ついには、単なる習慣と昔の思い出以外、なに一つ二人を結ぶもののなくなってしまった、あの長い推移の…

サマセット・モーム「人間の絆」

クロンショーのことを考えながら、フィリップは、ふと彼が呉れたペルシャ絨毯のことを思い出した。人生の意味とはなにか、と訊いたフィリップの質問に対して、彼は、これが答えだと言った。フィリップは、突然、その解答に思い当った。彼は、クスリと一つ笑…

サマセット・モーム「人間の絆」

フィリップは思った、幸福への願いを捨てることによって、彼は、いわば最後の迷妄を脱ぎ捨てていたのだった。幸福という尺度で計られていた限り、彼の一生は、思ってもたまらないものだった。だが、今や人の一生は、もっとほかのものによって計られてもいい…

須賀敦子「コルシア書店の仲間たち」

人間のだれもが、究極においては生きなければならない孤独と隣あわせで、人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらないということを、すくなくとも私は、ながいこと理解できないでいた。

ボルヘス「ボルヘス詩集」(詩集「夜の歴史」より)

西暦641年、アレクサンドリア 夜と昼とその手の形を 初めて見たアダム以後、 人間たちは物語を作り、大地に 関わりのある、或いは夢の素材となるものの一切を、 石や、金属や、羊皮紙などに記録した。 ここに在るのがその結果、図書館である。 そこに収めら…

ボルヘス「ボルヘス詩集」(詩集「他者は、自己」より)

わたしの読者に あなたは不死身である。あなたの運命を統べる神は、塵と化する定命を与えなかったのだろうか。ヘーラクレイトスがその面に移ろう時の象徴読み取ったあの川の流れこそ、あなたの不可逆の時間ではないのか。日付と、町と、墓碑銘のすでに刻まれ…

ボルヘス「ボルヘス詩集」(詩集「他者は、自己」より)

羅針 万物は〈言語〉の単語であり、それを用いて〈何者〉かが、或いは〈何物〉かが、日夜、世界史と呼ばれる無限のたわごとを書き綴っている。その奔流にカルタゴが、わたしが、きみが、彼が、了得しがたいわたしの生が運ばれていく。生というこの不可解な謎…

ボルヘス「ボルヘス詩集」(詩集「創造者」よりエピローグ)

わたしの身にはごく僅かなことしか起こらず、わたしはただ多くのものを読んだ。言い換えれば、ショーペンハウアーの思想、或いはイングランドの言葉の楽音以上に記憶に値することは、わたしの身にはほとんど起こらなかったのだ。一人の人間が世界を描くとい…

ボルヘス「ボルヘス詩集」(詩集「創造者」より)

詩法 時と水から成る河を眺めながら、 時もまた河であることを想い、 われわれは河のように消えること、 人びとの顔も水のように過ぎていくことを知り、目覚めは、夢みていないと夢みる 別の夢であり、われわれの肉が 恐れる死は、人が夢と呼ぶ あの夜ごとの…

ボルヘス「ボルヘス詩集」(「ブエノスアイレスの熱狂」より)

散策 香料入りのマテ茶のように芳しい夜が遠い平原を招き寄せる。ぼくの孤独の道連れの夜の街はひっそりと静まり返って、どこまでも続いている道には不安な気配が漂う。夜風は平原の予感を、別荘の安らぎを、ポプラの記憶を運んでくるが、これらは硬いアスフ…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第1章

未来では技術的になにが実現可能かという長期予報がいくつも立てられているが、その多くは、未来にはものごとがどれほどの勢いで進展するかを過小評価している。そうなるのは、我流の用語で言うと、「歴史的指数関数的」展望ではなく、「直感的線形的」展望…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第2章

宇宙の誕生から生命体の進化が最初の一歩をふみだす(原始細胞、DNA)までに何十億年とかかったが、その後の進歩は加速化されている。カンブリア紀の大爆発の時代には、主要なパラダイム・シフトは、ほんの数万年ごとに起こっている。時が下り、数百万年の間に…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第3章

ここまでの分析に基づけば、人間の脳の機能を模倣できるハードウェアが、2020年あたりにはおよそ1000ドルで手に入ると予測するのが妥当だ。人間の脳の機能性を模写するソフトウェアはその10年後には出てくるだろう。それでも、ハードウェア・テクノロジーの…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第3章

人間の知能は、これからだんだんとわかっていくように、コンピューティングのプロセスのうえに成り立っている。人間の知能よりもはるかに大きい能力をもつ非生物的なコンピューティングを利用して、人間の知能を拡大し利用することで、われわれは最終的に知…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第3章

2030年代の初めには、1000ドルで約10¹⁷cpsのコンピューティングが買えるだろう(おそらく、ASICを用い、インターネット経由で配信されているコンピューティングを取り入れると10²⁰cpsあたりになる)。今日でも、年間1000億ドル以上をコンピューティングに使っ…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第4章

人間の脳のもっとも複雑な能力——わたしはこれがもっとも決定的なものだと思う——が、感情に関わる知能だ。われわれの脳の複雑で相互に連結された階層の最上部に不安定に位置するのは、さまざまある高次の機能の中でも、感情を知覚し適切に反応し、社会的な状…

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第4章

わたしの考えでは、アップロードのもっとも重要な点は、われわれの知能や個性や技能を、非生物的な知能へと、徐々に移し換えることだ。すでに、多様な人工神経装置の移植が実践されている。2020年代には、ナノロボットを使って、非生物的な知能で脳を増強さ…