本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

2018-01-01から1ヶ月間の記事一覧

オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

聖者は、自分がもう少しで愚者になり下がろうとしている危険をたえず感じている。そのため彼は身近に迫っている愚劣さから逃れようと努力するのであり、その努力のうちにこそ英知があるのだ。ところが愚者は自分を疑うことをしない。彼はきわめて分別に富む…

オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

今日の大衆は以前のいかなる時代の大衆人よりも利口であり、より多くの知的能力をそなえている。だがその能力も、彼らのために何の役にも立っていない。厳密にいうと、能力をそなえているという漠然とした意識は、彼らが自分の中に閉じこもり、能力を使わな…

オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

こうした専門家こそ、私が今までさまざまな側面と様相から明らかにしようとしてきた新しい奇妙な人間の見事な一例である。私は先に、こうした人間形成は歴史に先例がないと言っておいた。専門家は、この人間の新種を極めてはっきりと具体化してくれ、この新…

ひろさちや「『狂い』のすすめ」

人生の旅には、目的地があってはならないのです。目的地に到着できるかできないか、わからないからです。 目的地というのは、「人生の意味」や「生き甲斐」です。人生に何らかの目的を設定し、その目的を達成するために人生を生きようとするのは、最悪の生き…

小川洋子「博士の愛した数式」

この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。しかしいくら対象が突飛でも、彼の愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず…

ルソー「エミール」第1編

そしてわたしはさらに、生徒と教師は、その運命がいつも一体となっているくらいに、おたがいに別れられないものと考えるようになることを望みたい。先になると別れることがわかってくると、おたがいに他人になる時期が見えてくると、かれらはすでに他人なの…

ルソー「エミール」第2編

あらゆるものを欠いているように見えるときに人間はいちばんみじめなのではない。不幸はものをもたないことにあるのではなく、それを感じさせる欲望のうちにあるのだ。 今野一雄 訳

ルソー「エミール」第2編

子どもを不幸にするいちばん確実な方法はなにか、それをあなたがたは知っているだろうか。それはいつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ。すぐに望みがかなえられるので、子どもの欲望は絶えず大きくなって、おそかれはやかれ、やがてあなたが…

ルソー「エミール」第3編

あなたがたの生徒の注意を自然現象にむけさせるがいい。やがてかれは好奇心をもつようになるだろう。しかし、好奇心をはぐくむには、けっしていそいでそれをみたしてやってはいけない。かれの能力にふさわしいいろいろな問題を出して、それを自分で解かせる…

ルソー「エミール」第3編

おそらくはここに、教師にとってさけることがこのうえなくむずかしいおとし穴がある。もし、子どもに質問されて、ただその場をきりぬけることだけを考えて、かれにはまだ理解できない理由をただ一つでも告げるならば、かれは、あなたがたはあなたがたの観念…

ルソー「エミール」第3編

各人は他人がもっているもので自分の役にたつものを、そしてそのかわりに他人に提供できるものを知らなければならない。十人の人がいて、それぞれの人が十種類の必要をもつとしよう。それぞれの人は自分に必要なものを手に入れるために、十種類の仕事をしな…

ルソー「エミール」第4編

人間を本質的に善良にするのは、多くの欲望をもたないこと、そして自分をあまり他人とくらべてみないことだ。人間を本質的に邪悪にするのは、多くの欲望をもつこと、そしてやたらに人々の意見を気にすることだ。 今野一雄 訳

ルソー「エミール」第4編

同情は快い。悩んでいる人の地位に自分をおいて、しかもしかもその人のように自分は苦しんでいないという喜びを感じさせるからだ。羨望の念はにがい。幸福な人を見ることは、うらやましく思っている者をその人の地位におくことにはならないで、自分はそうい…

ルソー「エミール」第4編

他人の不幸にたいして感じる同情は、その不幸の大小ではなく、その不幸に悩んでいる人が感じていると思われる感情に左右される。 今野一雄 訳

ルソー「エミール」第4編

わたしたちは表面的なことで幸福を判断していることがあまりにも多い。どこよりも幸福のみあたらないところにそれがあると考えている。幸福がありえないところにそれをもとめている。陽気な気分は幸福のごくあいまいなしるしにすぎない。陽気な人は他人をだ…

ルソー「エミール」第4編

歴史の大きな欠点の一つは、人間をよい面からよりも、はるかに多くの悪い面から描いていることだ。歴史は革命とか大騒動とかいうことがなければ興味がないので、温和な政治が行なわれてなにごともない状態のうちに国民の人口がふえ、国が栄えているあいだは…

ルソー「エミール」第4編

物質的な存在はけっしてひとりでに行動するものではないが、わたしは自分から行動する。人がいくら否定しようとしても、わたしはそう感じているし、わたしに語りかけるこの感じはそれに反対する論理よりも強い。わたしには体があって、それにほかの物体がは…

ルソー「エミール」第4編

あるがままで満足していれば、わたしたちは自分の運命を嘆くことはあるまい。ところがわたしたちは、空想的な幸福をもとめて、かずかずの現実の不幸をまねいている。すこしばかりの苦しみにも耐えられない者は、多くの苦しみをうけることを覚悟しなければな…

ルソー「エミール」第4編

うるさいおしゃべりは、才能をうぬぼれろこと、それとも、つまらないことに価値をあたえて、愚かにも、他人も自分と同じようにそれを重要視していると考えること、このどちらかから必然的に生まれてくる。ものごとをよく知っていて、すべてのものにそのほん…

ルソー「エミール」第4編

虚栄心のつよい人たちは富をみせびらかそうとして、利益をもとめる人たちはその恩恵にあずかろうとして、きそって金をつかい、つかわせる新しい方法をさがしている。そこで大がかりなぜいたくが支配権を確立し、手に入れることの困難な、高価なものを好ませ…

ルソー「エミール」第4編

わたしにとっては、一つところにいろいろと設備をして住みつくのは、あらゆるほかの場所から自分を追放するようなもの、いわばわたしの宮殿のなかに監禁されるようなもの、と考えられるだろう。世界は十分に美しい宮殿だ。 今野一雄 訳

ルソー「エミール」第4編

排他的な楽しみは楽しみを殺す。ほんとうの楽しみは民衆と分けあう楽しみだ。自分ひとりで楽しみたいと思うことは楽しみではなくなる。わたしの庭園のまわりに囲いの壁をめぐらして、そこを閉じられた陰気な場所にしたのでは、わたしは多くの費用をかけて散…

ルソー「エミール」第5編

人生は短い、と人々は言う。だが、私の見るところでは、彼らは人生を短くしようと努めている。時間の使い方も知らないで、彼らは時のたつのが早すぎるといって嘆く。だが私の見るところでは、時は彼らの望みよりは、むしろ遅すぎるくらいゆっくり流れている…

ルソー「エミール」第5編

人はその受けた教育に応じた好奇心しかもたないものだ。 今野一雄 訳

ルソー「エミール」第5編

我々の生の悩みは、我々の必要からよりも、むしろ我々の感情から生ずるのだ。我々の欲望は広大である。だが我々の力はほとんど無に等しい。人間はその願望によって 無数のものに結びついている。それなのに、自分自身の力によっては何ものにも、自分の生命に…

柳田邦男「言葉の力、生きる力」

私の心には自分の境遇を幸福か不幸かという次元で色分けする観念も意識もない。あるのは、内面の成熟か未熟かという意識だ。そして、内面において様々な未成熟な部分があっても、あせることなく、人生の終点に到達する頃に、少しでも成熟度を増していればよ…

柳田邦男「言葉の力、生きる力」より

(モーツァルトが父に宛てた、ウィーンからの手紙) 死は(厳密にとれば)ぼくらの生の本当の最終目標なのですから、ぼくはこの数年来、この人間の真実で最上の友人ととても仲良しになってしまったので、死の姿を少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに…

星野道夫「森と氷河と鯨」

唯一の正しい知恵は、人類から遥か遠く離れた大いなる孤独の中に住んでおり、人は苦しみを通じてのみそこに辿り着くことができる。 (カリブエスキモーのシャーマンの言葉)

J.デューイ「人類共通の信仰」

人間が、個人として、あるいは集団として、最善の努力をつくしたとしよう。しかしそうした場合でも、いろいろな時と所で、悲運と幸運、偶然と天命などといった運・不運を思いしらされる状況にでくわす。そうしたとき、男らしい人間は、何が何でも、自然の力…