本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

チャールズ・A・リンドバーグ 「翼よ、あれがパリの灯だ」

  いまや私は、私のうしろにある最後の橋を焼いた。嵐と暗黒の夜を飛ぶ間にも、私の心は本能的に——あたかも目に見えない綱が私をその海辺にむすびつけているかのように——北アメリカ大陸にかたくむすびつけられていた。まさかの場合には——もしも氷の張りつめた雲が他の雲にのみ込まれていたとしても、もしも油圧が下がりはじめていたとしても、もしもシリンダーが故障を起こしていたとしても——私はアメリカの方向に、そしてわが家に引き返していただろう。しかしいまや私の最後の望みはヨーロッパ大陸にあるのだ。私のまだ見たことのない大陸にあるのだ。それは私のうしろの嵐によって、東方に昇りつつある月によって、夜明けを迎える空と暖かい大気によって、そして下を流れていると思われるメキシコ湾流によって置き換えられた。もう、いまとなっては私は絶対に引き返すことなど考えないだろう。
  私は、セント・ルイス号が東方の空をかき分けて、ひたすら道をたどるにまかせるだけだ。翼下に群らがる雲が割れない限り、ひたすら針路を保ち、燃料タンクを切り替え、そして一時間ごとに日誌に記入するほかは、ただ太陽が昇るのを待つまで何もすることはない。ミクスチュア・コントロール(混合気の調整)はずっと薄い方に定められているし、エンジンはできるだけしぼってある。羅針盤を注意深くにらむ必要もない。夜がもっと早ければ、もしも指針が故障を予報してくれていれば——私がそれに早く気がついて引き返していれば、それだけ私が陸地に着くチャンスがあったはずだ。いまは指針がどうであろうと、エンジンが機を空中にとどめておく限り、私は自分のコースを飛びつづけるだろう。いままでは私は安全から離れて飛びつづけていた。いまは一マイル一マイル飛ぶごとに、私はますます安全に近づくのだ。

 

佐藤亮一 訳