本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

スコット・フィッツジェラルド 「グレート・ギャツビー」第3章

  彼はとりなおすようににっこり微笑んだ。いや、それはとりなおすなどという生やさしい代物ではなかった。まったくのところそれは、人に永劫の安堵を与えかねないほどの、類い稀な微笑みだった。そんな微笑みには一生のあいだに、せいぜい四度か五度くらいしかお目にかかれないはずだ。その微笑みは一瞬、外に広がる世界の全景とじかに向かい合う。あるいは向かい合ったかのように見える。それからぱっと相手一人に集中する。たとえ何があろうと、私はあなたの側につかないわけにはいかないのですよ、とでもいうみたいに。その微笑みは、あなたが「ここまでは理解してもらいたい」と求めるとおりに、あなたを理解してくれる。自らがこうあってほしいとあなたが望むとおりのかたちで、あなたを認めてくれる。あなたが相手に与えたいと思う最良の印象を、あなたは実際に与えることができたのだと、しっかり請け合ってくれる。そしてまさにそのポイントにおいて、微笑みは消える——

 

村上春樹 訳