本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ラッセル「幸福論」第2章

いっさいは空であるという感情は、自然の欲求があまりにもたやすく満たされるところから生まれる感情である。人間という動物は、ほかの動物と同じように、ある程度の生存競争に適応している。だから、大きな富のおかげで、人間が努力しないでもおのれの気まぐれを満足させられる場合は、生活に努力が不要になったというだけで幸福の本質的な成分が奪われてしまう。格別強い欲望を感じていないものをやすやすと入手できる人は、欲望を達成したって幸福はもたらされない、と結論する。もしも、彼が哲学者肌の人であれば、人生は本質的にみじめである、なぜなら、ほしいものは何でも持っている人でも、なお不幸なのだから、と結論する。彼は、ほしいものをいくつか持っていないことこそ、幸福の不可欠の要素である、ということを忘れているのである。

 

安藤貞雄 訳