本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

モーム「サミング・アップ」

  私はいつも未来に向かって生きてきたので、未来が短くなった今も、その習慣から抜け出せないでいる。そして何年後かははっきり知らぬが、やがて私の目論んだ人生模様が完成するのを平静な気持で待っている。時には衝動的に死にたいという願望を覚えることもあり、その瞬間には愛する人の胸に飛び込んで行くように死にたくなる。かつて生が私に与えたのと同じ強烈なスリルを、今の私に死が与えるのだ。死を思うと、酔い心地になる。そういうときは、死が最後の絶対的な自由を与えてくれるような気がする。それにも拘わらず、医師が私を我慢できる健康状態に保ってくれる間は喜んで生き続けて行こうと思う。世の中の動きを眺めるのが楽しみだし、これから何が起こるかに関心がある。

 

行方昭夫 訳