本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ハイゼ (リルケ「若き詩人への手紙 若き女性への手紙」訳者後記より)

それから私は海を見ました。幾度も幾度も行って見ました。私はそれを自分のものにしたい、どうにかして自分の一部にしたいとあせりました。しかしそれは私には入り込むすきを見せませんでした。自己自身に満ち、自己自身を相手にしているこの存在には、入り込む余地がないのでした。そしてその無関心に打ちかつすべは、少しも見つからないのでした。遠くは近く、近くは捉えがたく、捉えがたいものは単純に見えました。旅人の私には、の輪郭によって、はっきりと境界線が引かれているのでした。そして私には、自分が侵入者のように思えてくるのでした。でも私の生活の中に、何かしら新しいものがはいってまいりました。そこを離れて、もう久しくなるのに、私の眼はいまだにあの広漠とした無限世界をありありと感じています。

 

高安国世 訳