本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

レイ・カーツワイル「ポスト・ヒューマン誕生」第3章

  2030年代の初めには、1000ドルで約10¹⁷cpsのコンピューティングが買えるだろう(おそらく、ASICを用い、インターネット経由で配信されているコンピューティングを取り入れると10²⁰cpsあたりになる)。今日でも、年間1000億ドル以上をコンピューティングに使っており、2030年には控えめに見ても1兆ドルに増えるだろう。よって、2030年代の初めには、毎年、10²⁶から10²⁹cpsの非生物的なコンピューティングを生産していることになる。これは、おおよそ現存している全ての人間の生物的な知能の容量として見積もった値に等しい。
  容量ではわれわれ自身の脳と同等だといっても、われわれの知能に占めるこの非生物的な部分は、脳よりもさらに強力になるだろう。なぜなら、人間の知能がもつパターン認識能力と、機械がもつ記憶と技能を共有する能力や正確な記憶能力とが合体するからだ。非生物的な部分はつねに最高の性能を発揮する。この点は、今日の生物的な人間の特性と大きく異なる。現在での生物的な人類文明の能力は10²⁶cpsあるとしたが、これは十分に活用されていない。
  だが、この2030年代初めのコンピューティングの状況は、特異点ではない。まだ、われわれの知能を根底から拡大するまでには至らないからだ。しかし、2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは10²⁶cpsに到達し、一年間に創出される知能(合計で約10¹²ドルのコストで)は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。
  ここまでくると、確かに抜本的な変化が起きる。こうした理由から、特異点——人間の能力が根底から覆り変容するとき——は、2045年に到来するとわたしは考えている。

 

小野木明恵 訳