本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

スタンダール「赤と黒」

「そっとしておいてくれ、僕は現在申し分のない生活を送っているのだ。君らの瑣末な骨折り話や、みみっちい現実生活の話は、いずれにしろ僕にはうるさいばかりだし、天上から僕を引きずりおろすようなものだ。人間にはそれぞれちがった死にかたがある。僕は僕なりにしか死のことを考えたくない。他人がなんだ?僕と他人との関係などは、まもなくぶっつり断ち切られてしまうんだ。お願いだから、そんな奴らの話はもう二度としないでくれ。判事と弁護士の顔を見るだけで、もううんざりだ」

《けっきょく》と、ジュリアンは自身に言いきかせた。《夢見ながら死ぬのがおれの運命らしい。おれのような無名な人間は、二週間とたたないうちに忘れ去られてしまうにちがいないから、芝居をするなんてことは、はっきりいって、愚の骨頂だ……

  しかし、生涯の幕がおりるまぎわになってから、人生を楽しむ法を会得するなんて、奇妙なことだ》

 

大岡昇平・古屋健三 訳

*死刑判決を待つジュリアンのもとに、友人や恋人がおしかける場面。  

スタンダール「赤と黒」

今日私が賢いのは、当時気違いじみていたからである。おお、この瞬間にしか眼をとめない哲学者よ、君はなんという近視眼者か!君の眼は、情熱の隠れた働きを追うようにはつくられていない。

                                                                                                           W・ゲーテ

大岡昇平・古屋健三 訳  

スタンダール「赤と黒」

野心が生み出したさまざまの望みを、《おれは死ぬのだ》という由々しい言葉で、ひとつひとつ心からもぎとらなければならなかった。死そのものは、とくに恐ろしいとは思わなかった。これまでの人生は、すべて不幸にたいする長い準備に費やされてきた。そんな彼が、不幸のなかの最大とされている死を忘却するはずはなかった。

 

大岡昇平・古屋健三 訳  

スタンダール「赤と黒」

だが、この楽しみも、これほどの用心と細心さとを払って味わうのでは、もはや私にとっては楽しみとはいえなくなるだろう。

                                                                                           ローぺ・デ・ヴェガ

 

大岡昇平・古屋健三 訳  

スタンダール「赤と黒」

「少なくとも罪を犯すときぐらい、楽しんでやらなければ、意味がない。犯罪のいいところは、それだけなんですから。それにまた、犯罪をすこしでも正当化しようとすれば、理由はそれしかありません」

 

大岡昇平・古屋健三 訳  

スタンダール「赤と黒」

《これで、おれの地位とまったく反対の側をみたわけだ。おれには、二十ルイの年収すらないのに、一時間に二十ルイも収入のある男ととなりあわせでいて、しかもそいつのほうが馬鹿にされたのだ……こんな光景を目撃すると、羨望の心も消えてしまう》

 

大岡昇平・古屋健三 訳 

 

スタンダール「赤と黒」

「君の性格のなかには、少なくとも、わしにとっては定義しがたいなにかがある。そのために、君は出世しなければ、迫害されるだろう。君には、中庸の道はない。思い違いしてはいけない。話しかけても、君が喜ばないことを、他人は見ている。」

 

大岡昇平・古屋健三 訳  

スタンダール「赤と黒」

「君の性格のなかには、少なくとも、わしにとっては定義しがたいなにかがある。そのために、君は出世しなければ、迫害されるだろう。君には、中庸の道はない。思い違いしてはいけない。話しかけても、君が喜ばないことを、他人は見ている。」

 

大岡昇平・古屋健三 訳  

老子訳注

信言は美ならず、

美言は信ならず。

善なる者は辯ならず、

辯ずる者は善ならず。

知る者は博さず、

博す者は知らず。

聖人は積えず、

既く以て人の為にして己れは愈いよ有り、

既く以て人に与えては己れは愈いよ多し。

天の道は、

利して而うして害なわず。

聖人の道は、

為して而うして争わず。

 

真実のことばは美しくはなく、美しいことばは真実のことばではない。善き人はうまく話さず、うまく話す者は、善き人ではない。ほんとうにわかっている人はひけらかさず、ひけらかす人はほんとうはわかってはいない。「聖人」は何もたくわえず、ありったけの力を出して人を助けて、自分はかえっていっそう充実し、すべてを人に与えて、自分はかえっていっそう豊かになる。天の「道」は、万物に利益を与えて害なうことはない。「聖人」の「道」は、何をするにも人と争うことはない。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳 

老子訳注

敢てするに勇なれば、則ち殺され、

敢てせざるに勇なれば則ち活く。

此の両つ者或は利あり或は害あり。

天の悪む所、

孰か其の故を知らん。

是を以て聖人すら猶之を難しとす。

天の道は

争わずして而も善く勝ち、

言わずして而も善く応え、

召かずして而も自ずから来、

のろのろとして而も善く謀る。

天網は恢恢、

疏にして而も失わず。

 

何ものをも顧みないで勇敢にやれば、殺されるだろう。勇敢に「進んではしない」ようにすれば、生きられるだろう。この二つの勇敢さの結果として、あるばあいには有利であるし、あるばあいには損害を受ける。天の嫌うことは、だれがそのわけを知ろう。こうしたわけで「聖人」もはっきり言いにくいのだ。天の「道」は争わずにうまく勝ち、ものを言わずにうまく答え、招かずにひとりでにやって来させ、ゆっくりしているがうまく計画を立てる。天の網はきわめて広大で、網の目はまばらだが、もれることはない。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳  

 

 

老子訳注

知られざるを知るは上なり、

知られざるを知らず病なり、

夫れ唯病を病とす、

是を以て病あらず。

聖人は病あらず、

其の病を病とするを以て、

是を以て病あらざるなり。

 

自分の無知を自覚するのが、最高なのだ。自分の無知に気づかない、それこそが欠点なのだ。欠点を欠点だと考えるからこそ、それで欠点が避けられる。「聖人」には欠点がない、かれは欠点を欠点だと考えるから、それで欠点が避けられるのだ。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳 

老子訳注

名と身と孰れか親しき。

身と貨と孰れか多し。

得ると亡うと孰れか病なわん。

是の故に

甚だ愛めば必ず大いに費え、

多く蔵えれば必ず厚く亡う。

足ることを知れば辱しめられず、

止まるを知れば殆うからず、

以て長久なる可し。

 

名声と生命とではどちらがより身近か。生命と財産とではどちらがより重要か。得ることと失うこととではどちらがより有害か。このことから惜しみすぎるとかならずより多くの散財を招き、豊富に貯蔵すればかならずひどい損失がある。満足することを知れば、辱しめにあわずにすみ、適当にとどめることを知れば、危険にあわずにすみ、いつまでも安全にいられる。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳  

 

老子訳注

天下の至柔は

天下の至堅を駆騁る。

有る無きもの 間無きに入る

吾是を以て無為の益有るを知る。

不言の教え、

無為の益には、

天下之に及ぶもの希し。

 

天下でもっとも柔弱なものは、もっとも堅強なものの中をくぐって行ったり来たりできる。この見えない力は、すきまのないところにも入ってゆける。わたしはこのことで無為のすばらしさを認識する。「不言」の教えと、「無為」のすばらしさとには、何ものもかなわない。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳  

 

老子訳注

天下の至柔は

天下の至堅を駆騁る。

有る無きもの 間無きに入る

吾是を以て無為の益有るを知る。

不言の教え、

無為の益には、

天下之に及ぶもの希し。

 

天下でもっとも柔弱なものは、もっとも堅強なものの中をくぐって行ったり来たりできる。この見えない力は、すきまのないところにも入ってゆける。わたしはこのことで無為のすばらしさを認識する。「不言」の教えと、「無為」のすばらしさとには、何ものもかなわない。

 

坂出祥伸・武田秀夫 訳