本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ミヒャエル・エンデ「遠い旅路の目的地」

だが、「思い出」という言葉が何を意味するというのか。意識は思い出の上に築き上げられるが、それはなんと弱々しいことか。今、話した、読んだ、おこなったことは、次の瞬間にはすでにもう現実でない。それはただ記憶の中に存在するにすぎない——人生そのもの、いや、この世界全体がそうなのだ。現実と呼べるものは、それをとらえようとするときには、すでに過ぎ去った無限小の現在にすぎない。私たちは、今朝、いや一時間前、ほんの一瞬前に出現したのかもしれない、ただ三十年、百年、千年間のでき上がった記憶を持って出現したのかもしれない。確かにはわからないのだ。思い出とは何か、それはどこから来るのか、それを知らないかぎり、確かなことはわからない。しかし、もしそうならば、時間とは時を知らぬ世界を意識が知覚するかたちにほかならないのなら、近い将来や遠い将来に体験することの思い出があって、なぜいけないのか?

 

田村都志夫 訳