本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

星野道夫 「ノーザンライツ」

  アラスカは一体誰の土地なのかと立ち上がった原住民土地請求運動は、これまであやふやのまま置き去りにされていたアラスカの土地所有の問題に対して、はっきりとした答を迫っていたのだ。その結果、アラスカは、アラスカ原住民、アラスカ州、そしてアメリカ合衆国の間で網の目のように複雑に分けられていった。壮大な原野の広がりは何も変わらないが、人々の心の中に、どうしても消し去ることができないラインが引かれていったのである。アラスカの歴史の中で、そのラインこそが、ゴールドラッシュよりも何よりも大きな出来事だった。国が選んだ三十二万四千平方キロに及ぶ土地は、新しい国立公園となってアラスカ中に現れ、父親から受け継いだセスの原野の家はいつの間にかコバック川国立公園のラインの中に入っていたのである。かつて、フロンティアへの夢を抱いてアラスカの原野に散らばった開拓者たちは、その見えないラインによって閉め出されようとしているのだった。
  そしてそのラインは、エスキモーやインディアンの人々の土地に対する観念さえ変えつつあった。太古の昔から、土地は個人が所有するものではなく、ただいつもそこに存在するものだった。カリブーの大群が地平線から現れ、また別の地平線に消えてゆくような、自由で、とらえどころのない広がりをもつ世界だった。しかし、アラスカ原住民土地請求権解決法により、人々の間でもそれぞれの土地所有権が決まり、心の中に見えない線が引かれつつあった。ドンは、ある村人が、自分の土地で誰かが冬用の焚き木を切っていったとこぼしていたという話を、信じられぬ思いでぼくに語ったことがあった。その土地とは、昔と何も変わらぬただ広大な原野なのである。ドンは、そんな時代の移り変わりを、ずっと生きてゆこうと決めたアンブラーの村でじっと見続けているような気がした。