本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

スベトラーナ・アレクシエービッチ 「チェルノブイリの祈り」第3章

  農村の人たちがいちばんきのどくです。なんの罪もないのに苦しんでいる、子どものように。チェルノブイリを考えだしたのはお百姓じゃない、彼らは自分たちなりに自然とかかわってきたんですから。それは100年も1000年も昔そのままの、信頼に満ちたもちつもたれつの関係なんです。神が意図された通りの。だから、彼らはなにが起きたか理解できず、学者や教育のある者を信じようとしたのです、司祭を信じるように。ところが、くり返し聞かされたのは「すべて順調だ。恐ろしいことはなにもない。ただ食事のまえには手を洗うように」。私はすぐにはわからなかった、何年かたってわかったんです。犯罪や、陰謀に手をかしていたのは私たち全員なのだということが。

   ひとりひとりが自分を正当化し、なにかしらいいわけを思いつく。私も経験しました。そもそも、私はわかったんです。実生活のなかで、恐ろしいことは静かにさりげなく起きるということが。

 

松本妙子 訳