本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

トルストイ 「戦争と平和」第4部

  捕虜になって、収容所で、ピエールは頭ではなく、自分の全存在によって、生命によって知った——人間は幸福のために創られているのだ、幸福は自分自身のなかに、自然な人間的欲求を満足させることのなかにあるのだ、そして、すべての不幸は不足ではなく、過剰から生じるのだ、と。しかし、今この行軍の三週間の間に、彼はさらに新しい、心を慰めてくれる真理を知った——彼はこの世には何ひとつ恐ろしいものはないことを知ったのだ。彼は人間が幸福で完全に自由な状態がない以上、不幸で不自由な状態もないということを知った。彼は苦しみの限界と自由の限界があること、そして、その限界は非常に近いことを知った。バラの褥でたった一枚の花びらがまくれ上がっているのを苦にしている人間は、自分が今、むき出しの湿った地面に眠り、体の片側を冷やし、片側を温めながら、苦しい思いをしているのと全く同じように苦しんでいるのだということ・・・

 

藤沼貴 訳