本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

フェルナンド・ペソア「不安の書」

  われわれは本来の自分ではなく、人生は素早く悲しい。夜の波音は夜そのものの音だ。そして何と多くの人が、深みで泡だちくぐもった音をたてて闇に消えていく永遠の希望のように、その音を自分の心のなかで聞いたことか! 達成した者たちの流した多くの涙、成功した者たちの流しそこなった多くの涙!そしてこうしたすべては、海辺を散策したときに、夜がわたしに語った秘密、深い淵が囁いた打明け話だった。何とわれわれの多くは生き、何とわれわれの多くは思い違いをしていたのだろう!われわれが浜辺にいて感動の氾濫に浸り、自分自身だと感じる夜、いくつの海がわれわれのなかで鳴り響くことか!

  失ったもの、望んだであろうもの、手に入れ誤って満足したもの、愛し、失い、失ってから、失ったために愛しているのであって、本当は愛していなかったのに気づいたこと、感じているのに考えていると思ったこと、思い出であるのに、感動だと信じたこと。そして、わたしが夜、海辺を散歩しているあいだ、浜辺で優しく沸きかえり、ひろびろとした夜の深みから騒々しくもさわやかに訪れてくる海の宏大……。

 

高橋都彦 訳