本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」第3部

  しかしながら、問題の核心は次の通りだ。人間は、自分たちが理解できない欲望の法則に支配され、自分たちの欲求がきわめて影響されやすいのを認めることができない。そして「将来の所得増」を常に願い、たとえ実際に増加しても決して満足しない。なぜなら、人々は自分たちの将来的な見通しを、自己の現在の願いが必ず変化することを考慮せずに、現在の願いを比較するからだ。自分たちが環境の影響によって変化するという考えは、誰も認めようとしない。人は、自分にとってよいことは何かを評価する権利を、今の自分にしか与えない。だからこそ、われわれの社会を機能させるために重要なのは、豊かさよりも経済成長なのだ。つまり、経済成長は、自己の精神的および社会的な境遇から這い上がれるという、儚いが常に更新される希望を全員に与えてくれるのだ。人々の不安を和らげるのはこの約束であって、約束が実現することではない。

 

林昌宏 訳