本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

スベトラーナ・アレクシエービッチ 「チェルノブイリの祈り」第3章

  核戦争にそなえての通達には、核事故、核攻撃のおそれがあるときにはただちに住民に対してヨウ素剤処置をとるように指示されています。おそれがあるときだって?当時、毎時3000マイクロレントゲンもあったのに。連中が心配しているのは住民のことじゃない、政府のことです。政府の国であって、住民の国じゃないのです。国家が最優先され、人命の価値はゼロに等しいのです。方法はあったんですよ。公表せず、パニックを起こさずとも、飲料水を引いている貯水池にヨウ素剤を入れたり、牛乳に加えるだけでよかったんです。まあ、水や牛乳の味がちょっと変だと感じるかもしれませんがね。ミンスクには700キログラムのヨウ素剤が用意されていたが、倉庫に眠ったままでした。上の怒りを買うことのほうが、原子炉よりもこわかったんです。だれもかれもが電話や命令を待つだけで、自分ではなにもやろうとしませんでした。

 

松本妙子 訳