本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

リルケ 「リルケ全集第3巻」

錬金術師 


奇妙な笑いをうかべ 実験室の彼は
やや落ちついて煙をあげているフラスコを押しやった。
いとも高貴なものが フラスコのなかに生ずるには
なお なにを必要としたか いま 彼は知った。

 

彼は時間を必要としたのだ。数千年を
おのれと 煮えたつフラスコとのために。
脳髄のなかには天体の星座が 拡がった、
意識のなかには すくなくとも 海が。

 

彼は 自分が望んでいた途方もないものを
この夜 放棄したのであった。それは
神のもとに それのもとの規準に戻った。

 

だが 彼は 、飲んだくれのように口ごもり、
秘密の棚に寝そべって、金の小片を
切に所望して、彼は それを所有した。

 

塚越敏 訳