本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ヘルマン・ヘッセ 「人は成熟するにつれて若くなる」V.ミヒェルス編

  私たち老人がこれをもたなければ、追憶の絵本を、体験したものの宝庫をもたなければ、私たちは何であろうか!どんなにつまらなく、みじめなものであろう。しかし私たちは豊かであり、使い古された身体を終末と忘却に向かって運んで行くだけでなく、私たちが呼吸している間は、生きているあの宝の担い手であるのだ。
    *
  叡智と私たちとの関係は、アキレスと亀の論証のようなものである。叡智が常に先行しているのだ。それに達するまでの途中は、その魅力を追いかけることは、それでもやはりすばらしい道である。
    *
  すばらしい魔物、万物が変転するという燃えるように悲しい魔力よ!しかし、それよりもはるかにすばらしいのは、過ぎ去ってしまわぬこと、存在したものが消滅しないこと、それがひそかに生きつづけること、そのひそやかな永遠性、それを記憶によみがえらせることができること、たえずくりかえし、それを呼びもどす言葉の中に、生きたまま埋められていることである。

 

岡田朝雄 訳