本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

アン・モロウ・リンドバーグ 「海からの贈りもの」つめた貝

  現在という瞬間を生きていくこと……。それは、島での暮らしを、とても新鮮で純粋なものしてくれる。「ここ」と「いま」しかないところで、人は、子どもや聖者のように生きる。毎日が、また自分のすることのひとつひとつが、時間と空間に洗われた島となり、ひとつひとつが島のように完結したものとなる。そういった風景の中では、人もまた島となって満ち足り、平穏を得、他者の孤独を尊び、決して相手の岸辺を侵そうとせず、別な一個の個人という奇跡を前にして、畏敬の念を抱かざるを得なくなる。

 

  わたしはこれで、丸一日とふた晩、ひとりで過ごしたことになる。
  夜は海辺に出て、星の下で、ひとり横たわっていた。ひとりで朝の食事をし、桟橋でわたしが投げる餌を鴎がくわえては舞い上がり、また水面めがけて舞い降りてくるのを、ひとりで眺めていた。午前中は机に向かって仕事をし、海辺で遅い昼ご飯をひとりで食べた。
  こうして、同類、つまり人間から離れていると、ほかの動物に親近感を抱くようになる。わたしが背にした砂洲に巣を作っている臆病な鴫や、濡れて光る波打ち際をわがもの顔で駆け回っている千鳥や、頭の上をゆっくりと飛んでいくペリカンや、からだを丸めて不機嫌そうに水平線を見ている老いた鴎や……。そういったものとわたしとのあいだに、ある種の超越した繋がりを感じるのだ。そしてその繋がりに、深い喜びを覚えるのである。
  地上と、海と、空の美しさ。そういったものが以前より大きな意味を持ち、それらとわたしは一体になる。わたしは宇宙に溶け込んで、自我から解き放たれる。それは、大聖堂で、見知らぬ大勢の人びとが讃美歌を歌っているのに耳を傾ける時に似ている。

 

落合恵子