本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

モーム「サミング・アップ」

美文を書こうなどとは少しも考えなくなっていたのだ。文章を飾るのがいやになり、可能な限り気取らずに素朴に書きたいと願うようになっていた。頭の中に書きたいことがいくらでもあるので、無駄な言葉を使う余裕などなかった。事実を書くことしか念頭になかった。形容詞はいっさい使わないという、あり得ぬような目標を持って書き出した。ちょうどピッタリの語が見付かれば、それを形容する語はなくても済むと考えた。私が心に描いたのは、極めて長い電報のような体裁の小説だった。それは、料金の節約のために、意味を明確にするのに不要な全ての語を省いた電報と同じだ。

 

行方昭夫 訳