本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

角幡唯介「極夜行」

  氷床行進中から延々とつづいてきた、この漠然とした、とりとめのない、まったく不確かな感じ。闇によって視覚情報が奪われることで、己の存在基盤が揺るがされる感じ。普段の生活で意識せずに享受しているがっちりとした揺るぎない世界から浮遊し、漂流している感じ。それらの感じから感じられる己の命の儚さや心もとなさ。ここにこそ極夜世界の本質はあるのかもしれない。

  歩きながら私はこんなふうに考えていた。

  人間が本能的にもつ闇にたいする恐怖は、よく言われるように原始時代に野生生物に襲われたときの記憶が集合意識に残っているから、とかそういうことでは多分なくて、単純に見えないことで己の在立する基盤が脅かされていることからくる不安感から生じるのではないだろうか。