本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

角幡唯介「極夜行」

テクノロジーの本質は人間の身体機能の延長であり、あるテクノロジーが開発されると、人間は本来、己の身体にそなわっていた機能をそのテクノロジーに移しかえて作業を委託することができる。そうすると作業効率は高まり仕事は迅速になって社会は発展するが、一方で個人レベルに目を移すと、人間が自分の手を汚して作業する機会は減り、それまで作業プロセスをつうじて達成されていた外側の世界との接点が失われるので、外界を知覚できなくなる。昔は車を運転するには地図を見て周囲を確認するという作業が必要で、そのプロセスを踏むことで運転者は道をおぼえた。言いかえれば外界を自らの身体に取り込み世界化することができていた。ところがカーナビはこの作業プロセスをすべて省略するので、運転者は外界と関与する機会を失って道を覚えられなくなるのだ。便利になることと引き換えに人間は外界との接触点を失い、それまで知覚できていた外界がするりとこぼれ落ちて、その人間がもつ世界はまたひとつ貧弱なものとなるのである。