本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」第1部

  貨幣の存在によってつくり出される新たなシンタクスの人類学的な意味は、ミッシェル・アグリエッタとアンドレ・オルレアンが見事に説明している。貨幣のない社会では、直接的つながりしかない。たとえば、コミュニケーションの専門家ポール・ワツラウィックは、冷蔵庫の前で鳴き声を上げる猫は飼い主に対し、「ミルクをくれ」と言っているのではなく、「母親のように振る舞ってくれ」と訴えているのだと説明する。これと同様に、貨幣の存在しないときの交換は、同盟関係や主従関係を築く社会的つながりから抜け出せない。

  金銭的つながりでは、まったく反対のことが生じる。貨幣を支払った時点で関係は終わる。僕が君にお金を払えば、われわれはお別れだ。たとえば、人類学者ゴードン・チャイルドは、刻印入りの貨幣が導入されると、集団への完全な依存は終わると述べた。私は二度と会わないだろう見知らぬ人から商品を買うことができる。実際に、もし私がその人と再び会うことはないと考えるのなら、私はその人に貨幣で支払うべきだ。後にアダム・スミスは、貨幣が存在するおかげで、パンを購入するためにパン屋に微笑まなくてもよいと論じた。われわれは貨幣のおかげで他者との関係から解放される。問題は、貨幣にはその後に他者との関係を再構築する方法が用意されていないことだ。当初から貨幣による交換にはこの矛盾があった。貨幣による交換によって知らない者同士の関係は成り立つが、実際のところ、そうしたネットワークは、特定の集団における強固なつながりを拠りどころにする際には、あまり効果的でない。

林昌宏 訳