リチャード・バック「かもめのジョナサン」
彼は精気に満ち、歓びに身を小きざみに震わせながら、自分が恐怖心に打ち勝っていることを誇らしく感じた。やがて彼は、むぞうさに翼にたたみこみ、角度をつけた短い翼の先をぴんと張ると、海面めがけてまっさかさまに突っこんでいった。千二百メートルを過ぎるころには、彼はすでに限界速度に達していた。風は、彼がもうそれ以上の速さでは進めないほどの、激しく打ちつける固い音の壁となった。いま、彼はまさに時速三百四十キロ以上で一直線に降下しつつあるのだ。もしこのスピードで両翼をひろげたら、たちまち爆発して何万というカモメの切れはしになってしまうだろう。それを考えて彼は思わず息をのんだ。だが、彼にとってスピードは力だった。スピードは歓びだった。そしてそれは純粋な美ですらあったのだ。
五木寛之 訳