バルザック「ゴリオ爺さん」
「パリではいったいどうやって、みんなおのが道を切りひらくのか、きみは知っているかね。天才の輝きか、さもなければ上手に堕落することによってなのさ。人間のこの巨大なかたまりのなかにはいっていくには、大砲の弾丸みたいにぶつかっていくか、さもなけりゃあペスト菌みたいにこっそり忍びこむしかないんだな。正直なんてものはなんの役にもたちはせん。世間は天才の力には屈服するが、しかし天才を憎み、それを誹謗するものだ。なにしろ天才は、分け前を分配もしないで自分で一人占めにしちまうからな。しかし天才がもしもあくまで頑張るなら世間は屈服する、つまりひと言でいえば、世間は、天才を泥の下に埋めさせることができない場合には、ひざまずいて崇拝するのさ。堕落はいたるところに幅をきかせているが、才能はまれだ。こういうわけで堕落は、むらがりあふれるぼんくらどもの武器なんだ。」
高山鉄男 訳