本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サマセット・モーム「人間の絆」

  フィリップは、六年生に進級した。だが、今では学校そのものを、心から憎んだ。野心が失くなってみると、よくできようと、できまいと、そんなことはどうでもよかった。朝、目が覚めても、また一日、たまらない苦役かと思うと、がっかりした。命令だから、しなくちゃならないというのには、もう倦き倦きした。一切の制限、束縛が、なにも不条理だから、いやというのではなくて、そもそも制限、束縛なるが故に、たまらなかったのだ。無性に、自由が恋しかった。すでに知っていることをくりかえしたり、あるいは頭の悪い奴のために、こちらははじめからわかっていることを、またコツコツやらされるなどは、とうていもうたまらなかった。

 

中野好夫 訳