本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サマセット・モーム「人間の絆」

フィリップは迷った、そして自問した、もしこの道徳律が役に立たぬとすれば、いったいどんな道徳律が人生にはあるのだ、そしてまた、なぜ人は特に行動を選んでするのだろうかと。要するに、みんなそれぞれの感情にしたがって、行動しているにすぎないのだ。だが、そうなればまた感情には、それがよい場合もあれば、悪い場合もある。してみると、人生勝利に終るのも、敗北に終るのも、要するに運次第だという風にも思える。人生とは、いよいよ錯雑した混沌のように思え出した。人々は、なにかわからない力に駆り立てられて、ただ右往左往しているだけなのだ。その目的にいたっては、誰一人わかっているものはいないのだ。ただあくせくするために、あくせくしているにすぎないらしい。

 

中野好夫 訳