本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

オイゲン・ヘリゲル「弓と禅」

この道の第一歩はもはやさきになされたことであった。それは身体の力を抜いた状態になることであったが、それなしには正しく弓を引くことができないのである。ところが正しい放れに成功するためには、身体の力を抜いた状態をば、さらに心や精神の力を抜くことにまで続けて行わねばならない。それはただ単に精神を動的にするばかりでなく、これを自由にするという終極目的のために。動的にするのは自由のためであり、自由にするのは本来的な自由自在の状態を得るためである。そしてこの本来的な自在性は、普通に精神の活発という言葉で理解されているものとは本質的に異なったものである。そこで一方身体の力を抜いた状態と他方精神的自由という二つの状態の間には、ある水準の差が在るのであって、この差別はもはや呼吸法だけによってではなく、一切の束縛——どんな種類のものであろうとも——から自己を徹することによってのみ、すなわち真底からして無我となることによってのみ、克服されうるものである。そうなると精神は、自己自身の中に沈潜して、もはや命名すべき名もないその根源の全能境に立つのである。

 

稲富栄次郎・上田武 訳