本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サン=テグジュペリ「夜間飛行」

「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ。ところが僕は決して同情はしない。いや、しないわけではないが、外面には現さない。僕だとて勿論、自分の周囲を、友情と人間的な温情で満たしておきたいのはやまやまだ。医者なら自分の職業を遂行しながら、それらのものをかち得ることもできるのだが、僕は不測の事変に奉仕している身の上だ。不測の事変がいつでもこれを使い得るように、僕は人員を訓練しておかなければならない。夜ふけて、地図を前に、事務室にいると、僕にははっきりこの隠れた法則が感じられる、僕がなげやりにして、万事をただ規則まかせにしておくようだと、不思議に早晩事故が生じる。いわば、機体が飛行中にばらばらになるのを、また暴風雨が来て便の到着を遅らせたりするのを防ぐのは、すべて僕の意思の力ひとつにかかっているような気がするのだ。僕はときどき、自分のこの能力に自分ながら驚くほどだ」

 

堀口大學 訳