本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サン=テグジュペリ「夜間飛行」

  彼は思い続けた。あの二人の搭乗員、ともすれば死んでしまうかもしれないあの二人の搭乗員は、幸福な生活を続け得た二人かもしれないのだ。彼には宵のランプの金いろの光の聖殿の中にうなだれている二人の顔が見えた。「何者の名において、僕は彼らをそこから引出してきたのか?」自分は何者の名において、彼らをその個人的な幸福から奪い取ってきたのか?根本の法則は、まさにその種の幸福を保護すべきではないのか?それなのに、自分はそれを破壊しているのだ。ところで、ひるがえって思うに、それらの幸福の聖殿は、蜃気楼のように、必ず消えてしまうものなのだ。老と死とは、彼リヴィエール以上にむごたらしく、それを破壊する。このことを思うなら、個人的幸福よりは永続性のある救わるべきものが人生にあるかもしれない。ともすると、人間のその部分を救おうとして、リヴィエールは働いているのかもしれない?もしそうでなかったら、行動というものの説明がつかなくなる。
「愛する、ただひたすら愛するということは、なんという行き詰まりだろう!」リヴィエールには、愛するという義務よりもいっそう大きな義務があるように、漠然と感じられるのだ。同じく優しい気持ではあるが、それは他の優しさとはぜんぜん異なる種類のものだった。

堀口大學
*郵便飛行の黎明期、支配人リヴィエールは厳格な規定の下、事業の責任を担う。