本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

サン=テグジュペリ「夜間飛行」

  彼がもし、たった一度でも、出発を中止したら、夜間飛行の存在理由は失われてしまう。あす、彼リヴィエールを非難するであろう彼ら気の弱い者どもを出し抜いて、彼はいま、夜の中へ、この新しい搭乗員を放してやるのだ。
  勝利だの……敗北だのと……これらの言葉には意味がない。生命は、こうした表象を超越して、すでに早くも新しい表象を準備しつつあった。勝利は一国民を衰弱せしめ、敗北は他の一国民を衰弱から鼓舞する。今度、リヴィエールが喫した敗北は、どちらかといえば、最も勝利に近い敗北だった。大切なのは、ただ一つ、進展しつつある事態だけだ。

 

堀口大學 訳