本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

メリメ「エトリュスクの壺」

サン=クレールは、全然友情を信じなかった、この事実は他人にも感じられた。彼が社交界の若い連中と熱のない控え目な交際をしているというのも定評になっていた。彼らの内証事を問いただしたりは絶対にしなかったが、そのかわり彼の心中のことも、行動の大部分も、連中にとっては神秘だった。大体フランス人は、自らを語りたがる。おかげでサン=クレールは、望みもしない他人の打明け話の聞き手にされることがたびたびだった。友人たち(ここでのこの言葉は、人が週二回顔をあわせる相手というほどの意味だが)は彼のうちとけない態度を不満に思った、それというのも、きかれもしない内証事を打明けた人間は、お礼に相手の内証事が聞けないとなると気を悪くするのが普通だからだ。世間の人たちは打明け話は当然相互的であるべきだと錯覚している。

 

堀口大學 訳