本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ルソー「エミール」第4編

歴史の大きな欠点の一つは、人間をよい面からよりも、はるかに多くの悪い面から描いていることだ。歴史は革命とか大騒動とかいうことがなければ興味がないので、温和な政治が行なわれてなにごともない状態のうちに国民の人口がふえ、国が栄えているあいだは歴史はなにも語らない。その国民が自分の国だけでは満足できなくなって、隣りの国の事件にくちばしをいれるか、それとも、自分の国の事件に隣りの国からくちばしをいれられるかしたときに、はじめて歴史は語りはじめる。歴史は、ある国がすでに衰えはじめているときに、それに輝かしい地位を与える。わたしたちの歴史はすべて終わりにすべきところではじまっているのだ。たがいに滅ぼしあっている国民についてはわたしたちはひじょうに正確な歴史をもっている。わたしたちに欠けているのは富み栄えていく国民の歴史だ。そういう国民は、十分幸福で、賢明なので、それについては歴史はなにも語ることがないのだ。そして、じっさい、現代においても、もっともうまくいっている政府はもっとも話題にのぼることの少ない政府であることをわたしたちは知っている。

 

今野一雄 訳