本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ルソー「エミール」第4編

  物質的な存在はけっしてひとりでに行動するものではないが、わたしは自分から行動する。人がいくら否定しようとしても、わたしはそう感じているし、わたしに語りかけるこの感じはそれに反対する論理よりも強い。わたしには体があって、それにほかの物体がはたらきかける。わたしの体もそれらの物体にはたらきかける。この相互的な作用は疑うことができない。しかし、わたしの意志はわたしの感官から独立している。わたしは同意したり抵抗したりする、屈服したり克服したりする、だが、わたしは自分がしたいと思ったことをしているときにも、自分の情念に負けてなにかしているにすぎないときにも、それを完全に意識している。わたしにはいつもなにか欲する力はあるが、それを実行する力はあるとはかぎらない。誘惑に負けるばあい、わたしは外部のものの力によって動いている。そういう弱さを自分にとがめているときには、自分の意志にだけ耳をかたむけている。わたしは、悪いことをしているときには奴隷だが、後悔しているときには自由な人間だ。わたしは自由だという感じがわたしのうちから消えていくのは、わたしが堕落するとき、肉体の掟にたいして魂が非難の声をあげているのをついに黙らせてしまったときだけだ。

 

今野一雄 訳