本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ルソー「エミール」第4編

あるがままで満足していれば、わたしたちは自分の運命を嘆くことはあるまい。ところがわたしたちは、空想的な幸福をもとめて、かずかずの現実の不幸をまねいている。すこしばかりの苦しみにも耐えられない者は、多くの苦しみをうけることを覚悟しなければならない。人は、不規則な生活によって体をそこなうと、薬によって健康を回復しようとする。いま感じている苦しみに、さきのことを心配して、さらに苦しみをつけくわえる。死の予想は死を恐ろしいものと感じさせ、それをはやめる。死をのがれたいと思えば思うほど、いっそう身近に死を感じることになる。こうして人は一生のあいだ、自然に背いたことをして自分でまねいた悪を自然のせいにして愚痴をこぼしながら、恐れのために死んでいるのだ。

 

今野一雄 訳