本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ルソー「エミール」第5編

   人生は短い、と人々は言う。だが、私の見るところでは、彼らは人生を短くしようと努めている。時間の使い方も知らないで、彼らは時のたつのが早すぎるといって嘆く。だが私の見るところでは、時は彼らの望みよりは、むしろ遅すぎるくらいゆっくり流れているのだ。いつも自分の目ざす目的のことで頭がいっぱいなので、彼らは自分とその目的とを隔てている間隔を、いまいましげに見ているではないか。ある人はあすになればよいと願い、ある人は来月になればと思い、ある人は十年先になれば、と思っている。だれ一人として今日生きようとは思わない。だれ一人として現在に満足してはいない。みな現在が過ぎ去るのが、あまりにも遅いと感じている。彼らが、時があまりにも早くたつと言って嘆くとき、彼らはうそをついている。 むしろ時を早く流れさせる力を手に入れるためなら、喜んで金を払うことだろう。自分たちの一生を使い果たすためなら、喜んで財産を傾けるだろう。そして、もし退屈のあまり、自分の重荷になっている時間を、またいらいらするあまり、待ち遠しくてたまらないと思う瞬間から自分を隔てている時間を、思いのままに取り除くことができたとしたら、自分の一生をわずか数時間に縮めてしまわなかったような人は、おそらく一人もいないだろう。

 

今野一雄 訳