本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ジャレド・ダイアモンド 「銃・病原菌・鉄」第2部第10章

  食料の生産を最初にはじめた地域のなかに、環境的に他の地域よりも食料生産に適した地域があったことはすでに指摘したが、食料生産が地域的に拡大していく過程においても、それが比較的容易であった地域と、そうでなかった地域が存在する。たとえば、環境条件に恵まれており、かつ先史時代に食料生産がすでにはじまっていた地域に隣接していながら、食料生産が先史時代に伝播しなかった地域がある。それがもっとも顕著だったのは、アメリカ合衆国西部でおこなわれていた農業と牧畜が、カリフォルニアの先住民たちに伝わらなかった例である。また、ニューギニアインドネシアの農業がオーストラリアに伝わらなかったのも、南アフリカナタール州からケープ州南西部に農業が伝わらなかったのも同様の例である。先史時代において食料生産が伝わっていった速度や、実際に伝わった年代も、地域によって大幅に異なっている。非常に速い速度で伝わっていったのは、東西方向に伝播していったときである。たとえば、西南アジアを起点として、食料生産は一年に約0.7マイルの速度で、西はエジプトやヨーロッパ、東はインダス渓谷まで伝播している。フィリピンからは、東のポリネシアへ年3.2マイルの速度で伝播している。これに対して、南北方向の伝播は速度が極端に遅い。メキシコからアメリカ合衆国南西部へは、年0.5マイル以下の速度でしか伝播していない——トウモロコシやインゲンマメは、年0.3マイル以下の速度でメキシコから北方に伝播していき、西暦900年頃にアメリカ合衆国東部で栽培されるようになった。家畜のラマがペルーから北方エクアドルに伝播していったのは、一年に0.2マイル以下という速度でだった。

 

農業が、北米やサハラ以南のアフリカ大陸に比べてユーラシア大陸で速く広がったことは、第3部で述べるように、この大陸で文字、冶金術、科学技術、帝国といったものが他の大陸よりもずっと速く広がったことに大きく関係している。

 

倉骨彰 訳