本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

G・ガルシア=マルケス 「コレラの時代の愛」

当時の彼はあまりにも若すぎて、記憶は悪い思い出を消し去って、いい思い出だけをより美しく飾りたてるものであり、その詐術のおかげで人は過去に耐えることができるのだということが分かっていなかった。船の手すりから、コロニアル風の地区のある白い岬や屋根の上でじっと動かずにいるクロコンドル、バルコニーに干してある貧しい人たちの洗濯物をふたたび目にしたとたんに、自分が郷愁の仕掛けた甘い罠にやすやすとかかってしまったのだということに気づいた。

 

木村榮一 訳