「今ここでお父さんが死んだら」と言った。「お前がわたしの年になる頃には、ほとんど覚えていないだろうな」
父親は何気なくそう言ったのだが、涼しくて薄暗い事務室の中を死の天使が一瞬ふわりと漂い、羽根を残して窓から出て行った。しかし、少年はその羽根を眼にしなかった。それから二十年以上の年月がたち、フナベル・ウルビーノ博士はあの午後の父親の年齢に近づきつつあった。自分が父親にそっくりだということに気づいていたが、同時に父と同様いずれは死ぬ運命にあるのだというぞっとするような予感も感じていた。
木村榮一 訳