本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

星野道夫 「長い旅の途上」

  私たちが生きていくということは、だれを犠牲にして自分が生き延びるか、という日々の選択である。生命体の本質とは他者を殺して食べることにあるからだ。それは近代社会が忘れていった血のにおいであり、悲しみという言葉に置き換えてもいい。その悲しみをストレートに受け止めなければならないのが狩猟民なのだ。人々は自らが殺した生き物たちの霊を慰め、再び戻ってきて犠牲になってくれることを祈る。
  クジラと共に生き、クジラと共に大地へ帰ってゆく人々。ベーリング海から吹き寄せる霧が大地から突き出たクジラの骨を優しくなでてゆく。美しい墓の周りに咲き始めた小さな極北の花々をながめていると、有機物と無機物、いや生と死の境さえぼんやりとしてきて、あらゆるものが生まれ変わりながら終わりのない旅をしているような気がしてくる。