本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

トーマス・シェリング 「ミクロ動機とマクロ行動」第3章

  もし他の人もやっていたら、私も芝生の上を歩く。みんなが二重駐車をしていたら、私もやってしまう。みんなが礼儀正しく列を作っていたら、私も並ぶ。だがみんながチケット売り場に殺到し始めたら、乗り遅れないようにする。ただし、先頭集団には入らないように気を配る。禁煙区域で何人かが煙草を吸ったにもかかわらず、管理者がたまたま別のことに気を取られていて注意しなかったとしよう。それを見ていた大勢がさっそく煙草に火をつける。かくして事態は手の施しようがなくなり、もはや誰も注意しないし、注意されても誰も煙草をやめない。ある古い住宅地区が荒廃してきたと新聞で報道される。理由は、家をまめに手入れして整えていた人たちが引っ越してしまったからだという。だが彼らが引っ越した理由は、隣近所が荒れてきたからだ。その理由は、この地区を愛していた人たちが引っ越してしまったからで、その理由は隣近所が荒れてきたからだ……。
  いま挙げた例すべてに共通するのは、人々の行動が、どれだけ多くの人がその行動をとるか、あるいはどれだけの頻度でその行動をとるかに左右されることである。
  これらの行動を総称して、クリティカル・マスと呼ぶ。

 

村井章子 訳