本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

L・ヴァン・デル・ポスト 「影の獄にて」種子と蒔く者

  セリエは語り出していた。「不思議だな、あの星はぼくのあとを追ってくるようだ。冬、アフリカの高地平原の空に昇ったところか、ベツレヘムの手前の丘陵の上に出たところを、見せたいね。バンタムのジャングルで真昼に見つけたこともある——でも、今夜ほど綺麗ではなかった。」そこで言葉を切ると、足もとの地面に眼をおとした。午後の激しい驟雨のせいで、大地はまだ濡れて光っていた。「見ろ!」と彼は叫んだ。その声が驚愕で若々しい。「影までできている。君の後を見てみろよ。星の影が忠実に君について回っている。星でも影ができるというのは、不思議だねえ。」

 

「聞いたかい」とわたしはセリエに尋ねた。「ぼくと同じくらいあの声を聞き慣れていたら、君にもあれがただ事でないのが判るだろう。衛兵は毎晩この時刻に交替する。でも命令の声が違うんだ。緊張でピリピリしてる。連中のなかにこみあげてくるものがつかえていて。山の向こうの雷鳴のようなものさ。」
「わかる。」返事がはね返ってきた。「どうやら意見が一致したらしい。ぼくにも処刑前の雰囲気はわかる。来るまで待つしかない。もしそうなって、ぼくが先頭に立たねばならなくなったら、約束する、躊躇はしない。考えるのはそのあとだ……」
  二人は黙ってそこに立っていた。生垣のひとつに、地下の奥深くにある火から飛んだ火花の雨のように、蛍が光り始めた。ふたたび門のところで、衛兵の、みぞおちのあたりから絞り出すような奇妙な声が、夜に響く。残照すら消えはて、星の光と遠くに走る稲妻だけが闇を乱すばかりだ。足もとの濡れた大地がいま古い鏡と化し、われわれの足は星のなかにあった。
  セリエはもう一度静かな声で言った。「ぼくには星を出し抜くことなんかできない。あの星と同じで、夜のなかにすっかり浸りきっていて、ひとつの影を引いていくんだ。」

 

由良君美 富山太桂夫 訳