本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

L・ヴァン・デル・ポスト 「影の獄にて」種子と蒔く者


「ね、分るだろう」とロレンスは感きわまった低い声で言った。「はるかな古里で弟が兄のなかに蒔いた種子は、沢山の土地に植えつけられたんだよ。あのジャワの捕虜収容所にもね。そうなんだ、日本兵がセリエをあんなふうに殺したことだってね、実は知らず知らず、セリエの行為の孕んでいた種子に、気づいていたことを物語るものがある。生き埋めにしたことだって、そうだ。新しい若木のように、まっすぐ彼を地中に植えつけたんだからね。日本兵がセリエの行為を非認した、その非認の仕方そのものが実は、拒否されたものの、厳たる存在を認めていたことになるんだよ。その後、ヨノイの手で、日本の丘陵と霊のうえに植えられ、いまここでも、こうして、きみとぼくのなかに、その種子は生い育っているじゃないか。」

 

由良君美 富山太桂夫 訳