本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

トルストイ 「戦争と平和」第1部

〈生きている者と死んだ者をへだてている一線を思わせるこの線を一歩越えたら——不可思議と、苦悩と、死だ。そして、その向こうには何があるんだ?向こうにはだれがいるんだ?向こうの、この野原や、木や、太陽に照らされている屋根のかなたには?だれも知らないし、知りたがっている。この一線を越えるのは恐ろしいし、越えてもみたい。そして、みんなわかってるんだ——遅かれ早かれ、この線を越えて、あちらに、線の向こう側に何があるかを知ることになる。それはちょうど、あちらに、死の向こう側に何があるかを知ることが避けられないのと同じだ、ということを。ところが、自分自身は強くて、健康で、陽気で、しかも、いら立っていて、そして、こんなに健康で、いらいらと活気にみちた人間たちに囲まれている〉。敵を目のあたりにしている者はだれでも、たとえこう考えないにしても、こんなふうに感じる。そして、この感覚が、こういう時に生じるありとあらゆるものに、一種とくべつな印象のきらめきと、心たのしいような鋭さを与えるのだ。

 

藤沼貴 訳