本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ニコラス・G・カー 「クラウド化する世界」エピローグ

「ロウソクの弱々しい光の中では、周囲の物が全く異なる、より際立った輪郭を見せることに私たちは気付いた。ロウソクの炎は、物に"現実味"を与えるのだ」この現実味は「電灯では失われてしまった。(一見すると)物はよりはっきりと見えるようだが、現実味という点では、鈍化してしまう。電灯は明るすぎるので、物はその本体や輪郭や質感を失う——ひとことで言えば、本質を見失ってしまうのだ」
・・・我々はもはや、炎が証明源だった時代が実際どんなふうだったかは知らない。エジソンの電球が登場する以前の生活を記憶している人々はわずかになってしまった。その人たちが亡くなれば、電気が登場する以前の昔の世界の記憶も失われてしまう。世紀の終わり頃には、コンピュータとインターネットが当たり前になる前の世界記憶に、同じことが起きるだろう。我々は、その記憶を持ち去る人々となるだろう。
  すべての技術的変化は、世代の交代である。新しい技術の最大限の力と重要性が発揮されるのは、その技術とともに育った人たちが大人になって、時代遅れの親世代を脇に追いやるようになってからだ。旧世代が世を去るにつれて、新技術が登場したときに失われた事物の記憶も失われ、獲得されたものの記憶だけが残るのだ。このようにして、進歩はその痕跡を覆い隠し、絶え間なく新たな幻想を生み出す——我々がここにいるのは、我々の運命なのだという幻想を。

 

村上彩 訳