本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

ヘルマン・ヘッセ 「人は成熟するにつれて若くなる」V.ミヒェルス編

  私たち老人にとって現実はもはや生ではなく、死である。その死を私たちはもう外部からくるのを待つのではなく、それが私たち内部に住んでいることを知る。私たちはなるほど私たちを死に近づかせる老衰や苦痛に抵抗はするけれど、死そのものには抵抗しない。私たちは死を受け入れたのだ。私たちが以前よりもっと自分の体に気をつけ、大切にするように、死をも気をつけて大切にする。死は私たちとともにあり、私たちの内にある。死は私たちの空気であり、私たちの使命であり、私たちの現実である。 

 

  私たちは南洋の未発見の入り江に、地球の両極に、風や、潮流や、稲妻や、雪崩の解明に好奇心をもつ。——しかし私たちは、それよりも、死に、この存在の最後の、そして最も勇気のいる体験に、はかり知れないほどのはるかに強烈な好奇心をもっている。なぜなら、あらゆる認識と体験の中で、私たちがその認識と体験を得るためには喜んで命を捧げるに値する認識と体験だけが、正当で、満足できるものだということを確信しているからである。

 

岡田朝雄 訳