本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

J.R.ヒメネス 「プラテーロとわたし」夕景

  丘の頂き。そこに落日がある。落日はむらさきいろに染まり、みずからの光の矢で傷つき、からだじゅうから血を流しているようだ。みどりの松林は入り日を受けて、ほんのりと赤く彩られている。まっかな、すきとおった小さな花や草が、しめりけのある明るいかおりを放って、静かなひとときを満たしている。
  私はたそがれのなかで、うっとりとわれを忘れる。プラテーロは、黒い目を、落日で真紅色に染め、べに色やバラ色やすみれ色の水たまりの方へ、静かに歩いていく。ロバは、水たまりの鏡の中にそっと口を沈める。彼が口をふれると、鏡はとけて流れるようにみえる。そして血のように濃い水が、彼の大きなのどへ惜しげもなく吸いこまれていく。
それはありふれた風景である。しかし、そのひとときはその風景を、なんとも不思議な、いまにも崩れそうで、 しかも永遠に忘れられないものに一変してしまう。そのひととき、私たちは、住む人もいない宮殿に、そっと踏みいって行くような思いがする……
夕暮れは、夕暮れの彼方へ拡がっていく。こうして、《永遠》につながってしまった時間は、無限で、平和で、はかりしれない……
——さあでかけよう。プラテーロ……

 

伊藤武好 伊藤百合子 訳