本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

マルサス「人口論」第15章

すでに明らかなように、ゴドウィン氏のシステムにしたがって形成される社会は、避けがたい人間の本性によって悪化し、資産家階級と労働者階級に分かれざるをえない。利己心ではなく博愛が社会を動かす原理になれば、その美しい名前から期待されるような幸せ…

マルサス「人口論」第7章

飢饉は、どうやら自然が用いるもっとも恐ろしい最後の手段である。人口が増加する力は、土地が人間のために食糧を産み出す力よりも、はるかに大きい。したがって、人類は何らかの形で早死にすることになっている。まず、人間の悪徳が、人口減少に挑む有能な…

マルサス「人口論」第7章

人口を増やすべしという声は、そこらじゅうでよく聞かれる。一方、私は人類の増加傾向はきわめて大きいと述べてきた。もし、それが正しいとしたら、人口増加がしきりに求められているときに人口増加が起きないのは、不思議に見えるかもしれない。この現実の…

マルサス「人口論」第5章

人口の増加がそれに見合う食糧の増加を伴わずに進めば、各人の特許証の価値を減少させるのと、明らかに同じことになる。分配される食糧は必然的に量が少なくならざるをえず、したがって、一日の労働で買える食品の量も少なくなる。食品価格の高騰が起きる。…

マルサス「人口論」第1章

・・・人口が増える力は、土地が人間の食糧を生産する力よりもはるかに大きい。 人口は、何の抑制もなければ、等比級数的に増加する。生活物資は等差級数的にしか増加しない。いささかでも数学の素養があればわかるはずだが、前者の増え方は後者に比べると相…

ジョルジュ・バタイユ「純然たる幸福」

人は、民衆文化という言葉を用いるときには、一般に最も広まっているが初歩的である文化、接近不可能とみなされている深さを排除している文化のことを考える。人は、文化を民衆の手に届く範囲に置こうとすると、すぐに文化に可能なものの限界を与えてしまい…

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」結論

そうはいっても、かつての農村社会がカロリーに飢えていたように、現代社会は富に飢え続けている。決してたどり着けない地平線に向かって歩き続ける人のように、現代社会は絶えずもっと裕福になりたいのだ。だが、いったんその裕福さを手に入れると、それが…

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」第3部

しかしながら、問題の核心は次の通りだ。人間は、自分たちが理解できない欲望の法則に支配され、自分たちの欲求がきわめて影響されやすいのを認めることができない。そして「将来の所得増」を常に願い、たとえ実際に増加しても決して満足しない。なぜなら、…

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」第1部

貨幣の存在によってつくり出される新たなシンタクスの人類学的な意味は、ミッシェル・アグリエッタとアンドレ・オルレアンが見事に説明している。貨幣のない社会では、直接的つながりしかない。たとえば、コミュニケーションの専門家ポール・ワツラウィック…

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」第1部

われわれ人間は文明の推移に従い、社会の決まりを変える。家族関係や生殖方式は変更可能であり、自分たちの暴力を(しばしば)婉曲的に表現できる。しかしながら、ジョルジュ・バタイユは次のように看破した。「われわれは、自分たち自身でつくった決まりを不…

ダニエル・コーエン「経済成長という呪い」序論

人間の欲望はすべての富さえ消費しようとする。ルネ・ジラールはこう記している。「人間は、基本的生活にかかわる欲求を満たすと、あるいはそれ以前の段階であっても、激しい欲望をもつようになる。だが、何が欲しいのかは自分でもわからない。なぜなら、人…

角幡唯介「漂流」終章

私が追いもとめたのは土地や海、すなわち人間には制御できないどうしようもない自然がそこに属する人の生き方に強制的に介入をする世界であり、そこできずかれる人間と世界との強固な関係性だった。それはつまりニライカナイをそばで感じて生きてきた人々の…

角幡唯介「漂流」第8章

陸の人間は船乗りという人種全般にたいして、勝手気儘に大海原を行き来する自由な存在という固定観念をもちがちだが、船に乗ってみて、私は、それが物事の一面しか見ていない不十分な見方であることを痛感していた。たしかに彼らは自由なのかもしれない。し…

角幡唯介「漂流」第4章

個人的な話になるが、私が北極やヒマラヤの辺境のようなところに冒険旅行をくりかえすのは、日常生活のなかで死を感じられなくなったからだと思っている。消費文化の価値観にどっぷりと浸かった現代の都市生活においては生や死のいっさいは漂白され、われわ…

角幡唯介「漂流」第1章

最初は話すのが面倒なので、私を体よく追っ払うために忘れたと言っているのかと思っていたが、しかしあまりにそれがつづくので、途中からは、もしかしたらこの人たちは本当におぼえていないのではないかと考えざるをえなくなった。もしかしたら彼らの時間感…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」第2章

取引の一方がもう一方よりもたくさん情報を持っているということはよくある。経済学者の専門用語でこれを情報の非対称性と言う。私たちは、誰か(普通は専門家)が他の誰か(普通は消費者)よりもよくわかっていることが資本主義ではよくあると思っている。でも…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」第1章

道徳的インセンティブを経済的インセンティブとぶつからせる研究が1970年代に行われた。今度は献血の背後にある動機について調べようとしたのだ。わかったこと: 献血をした人を思いやりがあると単に褒めるかわりに、彼らに少額の奨励金を払うと、献血は減る…

リチャード・バック「かもめのジョナサン」

彼はごく単純なことを話した——つまりカモメにとって飛ぶのは正当なことであり、自由はカモメの本性そのものであり、そしてその自由を邪魔するものは、儀式であれ、迷信であれ、またいかなる形の制約であれ、捨て去るべきである、と。 五木寛之 訳

リチャード・バック「かもめのジョナサン」

ジョナサンが岸にいる群れのところにもどった時には、夜もすっかりふけていた。彼は疲れはてており、目まいがするほどだった。だが、心にあふれる歓びをおさえかねた彼は、着地寸前に急横転を加えた宙返り着陸をやってのけた。みんながこのことを聞いたら、…

リチャード・バック「かもめのジョナサン」

彼は精気に満ち、歓びに身を小きざみに震わせながら、自分が恐怖心に打ち勝っていることを誇らしく感じた。やがて彼は、むぞうさに翼にたたみこみ、角度をつけた短い翼の先をぴんと張ると、海面めがけてまっさかさまに突っこんでいった。千二百メートルを過…

リチャード・バック「かもめのジョナサン」

ほとんどのカモメは、飛ぶという行為をしごく簡単に考えていて、それ以上のことをあえて学ぼうなどとは思わないものである。つまり、どうやって岸から食物のあるところまでたどりつき、さらにまた岸へもどってくるか、それさえ判れば充分なのだ。すべてのカ…

L.M.モンゴメリ「詩集 夜警」

選択人生よ 蒼白い色や灰色の身なりで私の所へ来ないでくれ そんな地味な衣装のお前は好まない 人生よ 喜びと悲しみを広く共にしたい 喜びと苦悩に満ち溢れた お前の深さを測り お前の最高の感情にまで行き着こう百姓家にお前と留まるにしろ 宮居にお前と留…

L.M.モンゴメリ「詩集 夜警」

詩人の想い 想いは 虹の夢の中に詩人に現われた 賢者の知恵と生まれた詩霊と情熱とを交えて 朝の如く輝く言葉で その想いを閉じ込めた そして 今 その想いは光る宝石となって 幾歳月もの間 光り輝く 吉川道夫 柴田恭子 訳

L.M.モンゴメリ「詩集 夜警」

遺産 私の友は私から去っていった 闇から完璧な光の中へ だが 素晴らしき遺産を残して 私の心はそれを長く持ち続けるでしょう—— 静かで 明かるい大きな理想と 奉仕のための希望の歌を 汚れなき純真な信仰心と 喜びの美しい思い—— これを私の友は私に残してい…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「超ヤバい経済学」第5章

新しいアイディアの中には、どれだけ便利であろうが、反感を買わずには済まないものがある。すでに書いたように、人間の臓器の市場は——あれば毎年何万人もの命が救われるかもしれないのに——そういう例の一つだ。 時間とともに、そういうアイディアも反感の壁…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「超ヤバい経済学」第4章

すばらしく頭の切れる合理派が、人間の性の核心にある、いかんともしがたい原則にぶつかった。人の振る舞いを変えるのは難しい。ものすごく賢いエンジニアとか経済学者とか政治家とか親御さんとかなら、安くて簡単なお悩み解決法を思いつくかもしれない。で…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「超ヤバい経済学」第3章

経済学者の言葉を借りれば、ほとんどの寄付は不純な思いやり、あるいはちょっとした満足感のための思いやりだ。助けたいから寄付をするというだけでなくて、見栄えがいいからとかいい気分になれるとか、ひょっとすると居心地の悪さが減るからとかで寄付する…

スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー「超ヤバい経済学」第3章

寄付はマスコミの報道に大きく左右される。最近行われた、とある学術研究によると、災害救護の寄付は、新聞の報道が700語増えるごとに18%、テレビのニュースでの報道が60秒増えるごとに13%増加する。望月衛 訳

ダニエル・コーエン「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」おわりに

人類は、ヨーロッパが18世紀以降たどってきた道筋を、精神的には逆方向に走破しなければならない。つまり、世界は無限であるという考え方から、世界は閉じているという考え方への移行だ。こうした努力は、不可能でもないし、ありえないことでもないが、ただ…

ダニエル・コーエン「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」第14章

金融市場の場合では、行動様式を均質化させることが規律になっていた。すべての金融関係者がまったく同じことをやろうとしたのだ。信用金庫は銀行になろうとした。商業銀行は投資銀行になろうとした。投資銀行は投機を行なうヘッジファンドになろうとした。…