本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

感じるとは なにものかに神経を集中しないでいることだ。 「わたしが一冊の」より

フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

腕を掴むな 掴まれるのは嫌いだ 一人だけでいたいのだ 一人だけでだ 忘れるな 仲間に這入れなどと言われるのは遣り切れない 「Lisbon Revisited」より

フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

ただ一人で生きることは楽しく 単純に生きることは常に 偉大にして高貴だ 「己れの運命を」より

フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

なにであれ存在すれば それだけで完全なのだ 「事物の驚嘆すべき」より

フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

この世界の不幸はすべてわれわれが 善意であれ悪意であれ 他人のことを気にするために生まれるのだ 魂と天と地 これだけあればわれわれは充分だ それいじょうを望むことはこうしたものを失うことだ 不幸になることだ 「昨日の夕暮れ」より

フェルナンド・ペソア「不安の書」

死は解放だ、なぜなら、死ぬのは他人を必要としないからだ。哀れな奴隷は喜びや悲しみや望ましい持続する生活から否応なしに解放される。王は離れがたい領地から解放される。愛を広めた女たちは好んだ勝利から解放される。征服した者たちは自分の人生を運命…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

自由とは孤立の可能性なのだ。もしおまえが人から離れることができ、金銭の必要性や群れを作る必要や愛や栄光や好奇心のために人を捜し求めなくてもすむなら、おまえは自由だ、なぜなら、そうしたものはどれも、静寂や孤独のなかでは栄えないからだ。もしも…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

今日の生活では、世界は愚か者、愚鈍な者、興奮した者だけのものだ。生きて勝利する権利は今日、精神病院へ収容されるのとほぼ同じ経過によって獲得される。思考能力の欠如、道徳観念の欠如、過度の興奮だ。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

「すべてを延期せよ。明日もしなくてすむことは今日けっしてすべきではない。実際、明日でも今日でも何もする必要はまったくないのだ」 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

普通、知らないものを考えるとき、われわれは知っているものの概念で色をつける。もしも死を眠りのひとつと呼べば、外観が眠りに似ているからだ。死をひとつの新しい生と呼べば、生とは異なるもののように見えるからだ。現実をいささか誤解して、われわれは…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

日々わたしは〈物質界〉に虐待されている。わたしの感性は風に吹かれる炎だ。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

あらゆる思考は、言葉で表現されたとたん、他人のものになり、それを理解する者には理解できるものになり、堕落したように思われる。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

愛、睡眠、麻薬、麻酔薬は芸術の基本的な形、つまり芸術と同じ効果を生み出す。しかし愛、睡眠、麻薬にはどれも幻滅させられる。愛には飽きを感じ、幻滅する。睡眠からは目覚め、眠ってしまえば生きなかったことになる。麻薬は、刺激を受けたあの同じ肉体が…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

もしある人が酔っているときしか、よい文が書けないなら、言ってやろう。酔いなさい、と。さらに、肝臓がそれでは弱るというのなら、答えてやる。あなたの肝臓とは何なのか? あなたが生きているあいだだけ、生きている物にすぎず、あなたの書く詩はずっと生…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

芸術は行動や生活からの逃避だ。芸術は、感情を意志的に表現したものである生活とは違って、感情を知的に表現したものだ。持っていないものや、持とうという勇気のないものや、手に入れられないものを夢で手に入れることができ、その夢で芸術を創る。ときに…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

古典的な理想の衰退により、誰もが潜在的な芸術家になり、したがって悪い芸術家になった。芸術の基準が堅固な構築物、規範の注意深い遵守だったとき、芸術家たらんとする者は少なく、その大部分は優れていた。しかし、芸術が創造と考えられなくなり、感情表…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

世界の支配はわれわれ自身のうちで始まる。世界を支配する者は誠実な者ではなく、また不誠実な者でもない。人工的で自動的な手段により真の誠実さを自分に作る者だ。その誠実さが彼の力になり、これが他人の虚偽性の低い誠実さを前にして光を放つ。うまく自…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

わたしはと言えば、死人を見ると、死は旅立ちのように思われる。亡骸は残された衣服という印象がする。誰かが立ち去り、着ていたあの一張羅の服を持っていく必要がなかったのだ。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

われわれは内面を見るとき以外は、誰もが近視だ。ただ夢だけが見るとき見えるのだ。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

人生は無意識に行なわれる実験的な旅だ。心が物質を通りぬける旅であり、心が旅をするので、心のなかで生きられる。したがって、外面的に生きた人よりもいっそう激しく、いっそう広く、いっそう騒がしく生きた黙想的な人がいる。結果がすべてだ。感じられた…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

わたしは憤慨しない、憤慨は強い者にふさわしいからだ。わたしは諦めない、諦めは気高い者にふさわしいからだ。わたしは沈黙しない、沈黙は偉大な者にふさわしいからだ。そしてわたしは強くも気高くも偉大でもない。苦しみ、夢見る。弱いので不満を漏らし、…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

……悦びのときでさえ、わたしの感覚の痛いほどの鋭敏さ、悲しみのときでさえ、わたしの感覚の鋭敏さから生まれる悦び。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

それが存在するからこそ、ないものを愛する人と、それが存在しないからこそ、あるものを愛する人との間で、裁定も勝利もない戦いがこの世では永遠に行なわれるだろう。それが死を免れないからこそ死を免れないものを嫌う人と、それが死なないのを望むからこ…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

もしもいつかしっかりと安定した生活を得て自由にものを書き発表できるようになれば、ろくに書けず発表もしない、この不安定な生活が間違いなく懐かしくなると自分でも承知している。懐かしくなるのは、その月並な生活が過去のもので、もう二度と経験しない…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

すべてがわたしのなかで混じり合う。回想していると思うと、考えているのは別のことだ。見るならば、何も見ていず、ぼんやりしていると、はっきり見える。 高橋都彦 訳

フェルナンドフェルナンド・ペソア「不安の書」

感性が鋭ければ鋭いほど、感じる能力が繊細であればあるほど、それだけいっそうばかばかしいほど些細なことに動揺し、おののく。暗く垂れこめた朝を目にして苦悩するには、驚くほどの知性が必要だ。あまり感性のない人間は天気で苦悩しない。いつだって天気…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

無益さだけしか残らない、心の闇に満ちた砂漠の真ん中の勝利よりも、花の美しさを知っている敗北のほうをわたしは好む。 高橋都彦 訳

フェルナンド・ペソア「不安の書」

地球全体を歩きまわった旅行者は五千マイル先にゆこうとも目新しさを感じない。なぜなら、ただ新しいものを見つけるだけだからだ。毎度、目新しさ、つまり永遠に新しいことの古さを見つけるのだが、目新しさという抽象的な概念は二度目の具体的な経験ととも…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

倦怠はそう、世界にうんざりしていること、生きていることの不快感、生きたことの疲労だ。倦怠は確かに物事の冗漫な虚しさに対する肉体的感覚だ。しかし、倦怠はこれ以上で、存在するものであれ存在しないものであれ他の世界にうんざりしていることであり、…

フェルナンド・ペソア「不安の書」

考えるということの不都合のひとつは、考えているときに見てしまうことだ。理性的に考える者はぼんやりする。情緒的に考える者は眠っている。意図的に考える者は死んでいる。しかしながら、わたしは想像力を働かせて考え、わたしにあっては理性か苦悩か衝動…