本を掘る

これまで読んだ本から一節を採掘していきます。化石を掘り出すみたいに。

中島義道「人間嫌いのルール」

  いかなるものに対して共感すべきかは共同体の有する倫理的風土であって、その風土の中で個人の共感能力は形成される。しかも、これは理詰めではなく、きれいごとではない。与えられた共同体のうちで期待される共感のスキルと態度が、個々人のからだに容赦なく叩き込まれるのだ。友達が転んで泣いているのを見て「わーい、わーい」とはやしたてる子は共感能力がないとみなされて激しく叱られる。北朝鮮に拉致された家族の苦しみを伝え聞いても「なんともない」と答える男は、道徳的に裁かれる。

  こうした暴力的状況を察知して、人々はみな(とりわけ公共空間では)「現に共感していること」ではなく、「共感すべきこと」を一斉に語りはじめる。こうして、共感は演技を呼び起こす。共同体においてプラスの価値を有する事柄に対して共感する者は賞賛され、それに共感しない者は非難されるがゆえに、その共同体で生きていくために、人々は必死になって共感を演技するようになる。すなわち、各人に固有の感情形成とそれを押し隠す演技力の形成は同時に遂行されるのである。

  (西洋型)現代社会では、とりわけ被差別者をはじめとする弱者に対する共感=同情が規範化されており、そこに壮絶な「共感ゲーム」が繰り広げられている。身体障害者の苦労に共感=同情しない輩、人種差別を受けた者に共感=同情しない輩は社会から葬り去られる。この恐ろしいゲーム状況において、多くの者は生きながらえるために共感=同情しているふりをする(演技する)のである。

 

トルストイ「生きる武器を持て」

  あらゆる学問に精通しているのに、自分自身を知らない人間は、哀れで無知な人間であり、知識はなくても、自分の内面を理解している人間は、立派で見識のある人間である。 ——智恵の暦

 

宮原育子 訳  

トルストイ「生きる武器を持て」

  知識のとぼしい者はよくしゃべり、知識が豊富な者はたいてい黙っている。少ししか知らない者は、自分の知っていることはすごく重要だと思って、みんなに話したがる。多くを知る者は、自分の知らないことがまだたくさんあることをわきまえている。そのため、本当に必要なときにだけ口を開き、人にたずねられなければ黙っているのだ。 ——智恵の暦

 

宮原育子 訳  

トルストイ「生きる武器を持て」

  芸術についてあれこれ考えたり、議論したりすることは、単なる暇つぶしにすぎない。本当に芸術を理解している人は、作品そのものが語りかけることを知っている。だから、言葉で語ることの無意味さも理解しているのだ。芸術を論じる人のほとんどは、芸術をわかっていないし、味わってもいない人々である。——智恵の暦

 

宮原育子 訳  

トルストイ「生きる武器を持て」

  世間一般の習慣に背いて、人々をいら立たせるのはよくないが、さらに悪いのは、大勢の人間がやっているからといって、自分の良心や知性の声を無視することだ。 ——智恵の暦

 

宮原育子 訳    

トルストイ「生きる武器を持て」

不当な評価を受けたら、必死にあらがうのではなく、小さなユーモアで笑い飛ばす。

 

  ある賢い人間が、あなたは悪い人だと思われていますよ、と告げられた。

  その人はこう答えたという。

「それはよかった。みなさん私のことを何もかも知っているわけじゃないんですね。知っていたらもっとひどいことを言われたでしょうから」

 

宮原育子 訳